水戸市
金山稲荷神社
茨城県水戸市元吉田町1429
北関東自動車道水戸大洗ICより車で5分 国道51号北関東大串高架橋下より車で3分
例祭 11月23日
「水府寺社便覧に曰く、本社は毎年8月17日より同19日まで水戸下市七軒町広小路荒神鳥居前へ出輿あり、仮殿は上の御物入にて出来したりと、元、大串の住人、人見某、多年小祠に勧請し置奉りしが、霊顕偉大にして種々の奇瑞表はる。大串の人、人見甚之充の女ヽ落合荘太夫に嫁し、七左ヱ門を生む、其子つれ女粛公に寵あり、世子を産み禅定院と号す、牢水中おつれの方の御熟願により、大串村に社頭悉く御造営、且、神田御寄附あり、神主には、此の人見某を破仰付崇敬殊に厚し。」 天和元年旧水戸藩主徳川光圀公の命により前谷の地(現香取神社側)に遷されたが、東山天皇の元禄15年次の藩主徳川綱条公旧跡山海の地に遷され、新に社殿を造営された(現社殿)社領17万9斗、宝永3年、日月、鉾、四神の旗其他神宝を奉る。尚有司に命じ、神輿を造らしめ、之を進納した。社殿の修理、祭典等、悉く水戸藩主にて行はれたが、明治維新後にいたり、総て之を大串村にて行うこととなった。水戸徳川氏の守護神として、又近辺旧村21ケ村の総鎮守として鎮座された故に、当社は西向き、水戸城下を向いて建てられたと伝へられる。同時に東京小石川の水戸藩庭にも稲荷神社を祀られ、年年盛大な祭を行ひつつあったといふ。 宝永5年3月水戸七軒町に御出社せられ、以後盛大な祭りを続けて居たが、日支事変以来淋しい居祭礼を行って居る。又出社の際は古宿より露払ひ(つゆはらひ)、大串より散々楽(ささら)、下大野よりは弥勒(みろく)、大場より稚児(ちご)、21ヶ村より村旗、水戸家より下賜された日天・月天・四神の旗御輿等何れも白衣に烏帽子を冠り、人足にて七軒町の仮殿まで行列厳粛に御神幸になった故に、田舎の祭としては有名で、大串祭(おけくしまち)と称し頗る賑を呈した。
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