MENU

所在地・アクセス

住所
〒520-2132
滋賀県大津市神領一丁目16-1

御祭神とご利益

例祭・主な祭典

一月九日山神祭、二月四日護国祭(弓の神事)、三月三十一日榊立祭、六月十五日日挿秧祭(田植の神事)、八月十七日納涼船幸祭(大津三大祭の一)、十月十二日早穀祭、十一月二十六日鎮火祭
4月 15日 例祭 2月 4日 護国祭 弓の神事ともいう。約380余年前の慶長以来、この射的の特殊神事に奉仕した人の名簿が残されている。沿革は、祭神日本武尊に随従して弓をもつて功をたてた弟彦公以下四柱の前にて、末裔の氏子が弓を射て祖神を慰め鎮護国家を祈つだことに始まる。弓取・箭取両杜の前に忌竹を立て的をつるし、弓座の人達によつて弓が射られる。 8月 17日 船幸祭 大正4年の御大典記念事業の1つとして始められた。日本書紀に「日本武尊則従上総転入陸奥国時、大鎮懸於王船従海路廻拶於葦浦横渡玉浦至蝦夷境」とあり、この故事に基づくものと思われる。本殿前より出輿(大一基・小三基)し、唐橋より船に乗せ、南郷渡御ノ瀬に至り、往復する。

創建・由緒

古来建部大社、建部大明神と称え、延喜式内名神大社に列し、近江国一ノ宮として朝野の崇敬篤い古社である。 景行天皇四十六年神勅に御妃布多遅比売命が御子稲依別王と共に住まわれた神崎郡建部の郷に尊の神霊を奉斎されたのが当社の草創であって、その後天武天皇白鳳四年に近江国府の所在地であった当瀬田の地に遷祀された。 当社は歴朝の御尊信篤く、武門武将の崇敬枚挙に遑がない、殊に源頼朝は平家に捕われ十四才にして伊豆に流される為、京都から関東に下向の折、永歴元年当社に参籠して前途を祈願した事が平治物語に記されている。頼朝は遂に源氏再興の宿願成って建久元年右大将として上洛の際再び社前に額き、幾多の神宝と神領を寄進して奉賽の誠を尽くされた。 明治十八年官幣中社に、続いて同三十二年官幣大社に列した。昭和五十年御鎮座壱千参百年式年大祭を斎行し、これに伴う記念事業の完遂により御社頭は面目をあらたにした。続いて昭和五十二年「建部大社」と改称された。

公式情報

電話番号

STAY

建部大社周辺のおすすめホテル

参拝や観光の拠点に便利なホテルを、距離や口コミ評価などをもとに厳選しました。

guesthouseKinari │ゲストハウス喜成 ^

建部大社から約0.3km

guesthouseKinari │ゲストハウス喜成 ^

口コミ 1 件
アパホテル〈びわ湖 瀬田駅前〉

建部大社から約1.8km

アパホテル〈びわ湖 瀬田駅前〉

4.05 口コミ 1,606 件
おふろcafe ニューびわこホテル

建部大社から約2.8km

おふろcafe ニューびわこホテル

4.00 口コミ 1,428 件

※料金は取得時点の最安料金です。宿泊日やプランにより変動します。

目次